〔1〕
舊年新春歌
在原元方[67]
新春入舊年
問春歸哪歲咋算
去年或今年
[原文]
年の內に春はきにけりひととせを去年とや言はむ今年とや言はむ[68]
〔2〕
立春歌
紀貫之
浸袖水成冰
今日立春迎東風
風吹冰可融
[原文]
袖ひちてむすびし水のこぼれるを春立つ今日の風やとくらむ[69]
〔3〕
無題
佚名
春霞起哪邊
遙遙看取吉野山
卻見雪紛然
[原文]
春霞立てるやいづこみよしのの吉野の山に雪は降りつつ[70]
〔4〕
二條后妃初春歌
雪花正紛飛
春天已來歸
春歸可融黃鶯淚?
[原文]
雪の內に春はきにけりうぐひすのこぼれる涙今やとくらむ[71]
〔5〕
無題
佚名
鶯落梅枝梢
思春喚春春未到
飛雪絮絮飄
[原文]
梅が枝にきゐるうぐひす春かけて鳴けども今だ雪は降りつつ[72]
〔6〕
雪落樹枝歌
素性法師[73]
春至花未發
黃鶯誤將雪作花
啼鳴枯枝丫
[原文]
春たてば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすの鳴く[74]
〔7〕
無題
佚名
心動欲折花
枝上殘雪未融化
雪花也是花
[原文]
心ざし深く染めてし折りければ消えあへぬ雪の花と見ゆらむ[75]
〔8〕
二條后[76]得號“東宮御息所”,時值正月三日,蒙召陳辭,晴日當空,忽而雪落頭上,遂奉命詠歌一首
文屋康秀
身沐春陽下
忽降白雪染白發
老來倍覺侘[77]
[原文]
春の日の光にあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき[78]
〔9〕
落雪歌
紀貫之
村莊籠春霞
樹木萌芽花未發
雪飄似飛花
[原文]
霞たち木の芽もはるの雪降れば花なき里も花ぞ散りける[79]
〔10〕
初春歌
藤原言直[80]
花兒開太遲
借問春天來何時
黃鶯也無詞
[原文]
春やとき花やおそきと聞きわかむ鶯だにも鳴かずもあるかな[81]
〔11〕
初春歌
壬生忠岑
人說春已蒞
未聞黃鶯聲聲啼
緣何有春意
[原文]
春きぬと人はいへども鶯の鳴かぬかぎりはあらじとぞ思ふ[82]
〔12〕
寬平[83]帝時后宮和歌競詠
源當純[84]
谷風河冰渙
粼粼浪涌冰凌間
恰似春花綻
[原文]
谷風にとくる氷のひまごとに打ちいづる波や春の初花[85]
〔13〕
紀友則
好風報春到
借得風勢花香飄
引來黃鶯鬧
[原文]
花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる
〔14〕
大江千里[86]
山谷傳鳥音
若無黃鶯聲聲吟
誰知春來臨
[原文]
鶯の谷よりいづる聲なくは春くることを誰か知らまし[87]
〔15〕
在原棟梁[88]
春來花未綻
山鄉村落鶯鳴囀
聲聲帶慵懶
[原文]
春立てど花もにほはぬ山里は物憂かる音に鶯ぞ鳴く[89]
〔16〕
無題
佚名
擇居原野邊
筑個小屋享清閑
朝朝聞鶯囀
[原文]
野辺ちかく家居しせれば鶯の鳴くなる聲はあさなあさな聞く[90]
〔17〕
春原草離離
野守[91]切莫摧燒急
容我來藏妻
[原文]
春日野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり[92]
〔18〕
來到春日野[93]
借問野守菜如何
何日可采擷?
[原文]
春日野の飛火の野守いでて見よいまいく日ありて若菜摘みてむ
〔19〕
山松雪皚皚
嫩菜已生京郊外
茸茸待人摘
[原文]
み山には松の雪だに消えなくに都は野辺の若菜摘みけり[94]
〔20〕
今日雨叆叇
明日春雨若再來
嫩菜即可采
[原文]
梓弓おしてはるさめ今日降りぬ明日さへ降らば若菜摘みてむ[95]
〔21〕
仁和帝為親王時賜人嫩菜歌
為君摘嫩菜
來到田野間
不畏春雪濕衣衫
[原文]
君がため春の野にいでて若菜つむ我が衣手に雪は降りつつ
〔22〕
奉命作歌
紀貫之
摘菜去春原
遙揮白袖喚同伴
莫嫌路途遠
[原文]
春日野の若菜摘みにや白妙[96]の袖ふりはへて人のゆくらむ
〔23〕
無題
在原行平[97]
春空籠霞霓
山風卻來襲
撕破天上云霞衣
[原文]
春のきる霞の衣ぬきをうすみ山風にこそ亂るべらなれ[98]
〔24〕
寬平帝時后宮和歌競詠
源宗于[99]
松樹四季綠
待到春來舊年去
翠色更濃郁
[原文]
ときはなる松のみどりも春くればいまひとしほの色まさりけり
〔25〕
奉命作歌
紀貫之
浣衣原野邊
君振衣衫春雨亂
草木翠色染
[原文]
わがせこが衣はるさめ降るごとに野辺のみどりぞ色まさりけり[100]
〔26〕
青柳如絲線
風穿其間勤搓捻
繁花正爛漫
[原文]
青柳の糸よりかくる春しもぞ亂れて花のほころびにける[101]
〔27〕
歌西大寺[102]邊柳
僧正遍昭
枝條如絲線
露似玉珠綴其間
織就春柳幔
[原文]
あさみどり糸よりかけて白露を玉にもぬける春の柳か
〔28〕
無題
佚名
嚶嚶百鳥吟
欣欣物華競日新
唯我路將盡
[原文]
百千鳥[103]さへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふりゆく
〔29〕
山深不知處
遠尋近覓聞布谷
不知將誰呼
[原文]
をちこちのたづきも知らぬ山中におぼつかなくも呼子鳥[104]かな
〔30〕
聞雁聲思赴越[105]故人歌
凡河內躬恒
寒盡春日暖
寄語云中北歸雁
代問故人安
[原文]
春くれば雁帰るなり白雲の道ゆきぶりに言やつてまし
〔31〕
歸雁歌
伊勢[106]
已見春霞起
大雁卻飛離
繁花之地你不喜?
[原文]
春霞立つを見すてて行く雁は花なき里に住みやならへる
〔32〕
無題
佚名
折梅香滿袖
黃鶯繞袖鳴啾啾
欲把花來嗅
[原文]
折りつれば袖こそにほへ梅の花ありとやここに鶯の鳴く
〔33〕
庭前梅香幽
更比梅姿勝一籌
佳人袖香梅上留
[原文]
色よりも香こそあはれとおもほゆれ誰が袖ふれし屋戸の梅ぞも
〔34〕
種梅庭院旁
花不解意自芬芳
誤作戀人袖底香
[原文]
屋戸ちかく梅の花うゑじめぢきなく待つ人の香にあやまたれけり[107]
〔35〕
倚梅少頃立
梅香幽幽沾我衣
無奈被猜疑
[原文]
梅の花立ちよるばかりありしより人のとがむる香にぞしみぬる[108]
〔36〕
折梅歌
東三條左大臣[109]
黃鶯戴梅笠
人也折梅做簪子
庶幾掩老姿
[原文]
鶯の笠にぬふといふ梅の花折りてかざさむ老いかくるやと
〔37〕
無題
素性法師
遠處只可見風韻
折梅賞花須就近
色香更醉人
[原文]
よそにのみあはれとぞ見し梅の花あかぬ色香は折りてなりけり
〔38〕
折梅贈人歌
紀友則
折梅欲贈人
誰能知梅色與馨
愛花唯有君
[原文]
君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る
〔39〕
暗部山[110]中歌
紀貫之
暗夜暗部山
花香自幽然
聞香知梅花綻
[原文]
梅の花にほふ春べはくらぶ山闇にこゆれどしるくぞありける[111]
〔40〕
月夜應請折梅歌
凡河內躬恒
皎皎月色隱白梅
暗香幽幽襲人來
始知梅花開
[原文]
月夜にはそれとも見えず梅の花香を尋ねてぞ知るべかりける[112]
〔41〕
春夜詠梅
凡河內躬恒
春夜太無情
遮蔽梅花姿與容
幸而花香濃
[原文]
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる
〔42〕
詣初瀨[113]時暫借宿,后重訪,主人有“居所如故”之言,故折庭梅而歌
紀貫之
故地今重游
梅香還依舊
不知人心如昨否?
[原文]
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
〔43〕
詠水邊梅開
伊勢
春江流水梅花映
水中折花影
徒令衣袖濕泠泠
[原文]
春ごとにながるる川を花と見て折られぬ水に袖やぬれなむ
〔44〕
年華流逝水如鏡
飄瓣瓣落紅
掩如花顏容
[原文]
年をへて花の鏡となる水はちりかかるをやくもるといふらむ[114]
〔45〕
家中落梅吟
紀貫之
晝夜不合眼
貪看梅花顏
只恐睡去花飄散
[原文]
暮ると明くと目かれぬものを梅の花いつの人まに移ろひぬらむ
〔46〕
寬平帝時后宮歌合[115]之詠
佚名
梅香染衣袖
春色已去香長留
聞香春依舊
[原文]
梅が香を袖に移してとどめてば春はすぐともかたみならまし
〔47〕
素性法師
梅落春歸忙
未妨梅馨沾袖藏
惱人一縷香
[原文]
散ると見てあるべきものを梅の花うたて匂ひの袖にとまれる
〔48〕
無題
佚名
梅花已飄零
花瓣散盡香不盡
聊慰憶梅情
[原文]
散りぬとも香をだにのこせ梅の花戀しきときの思ひいでにせむ
〔49〕
觀鄰人家櫻花初開而賦歌
紀貫之
今歲櫻初開
只愿櫻花知春來
不知花易衰
[原文]
今年より春知りそむる桜花散るといふことはならはざらなむ
〔50〕
無題
佚名
長在高山無人賞
櫻花莫感傷
待我來尋芳
[原文]
山高み人もすさめぬ桜花いたくなわびそ我見はやさむ
〔51〕
尋櫻踏層巒
高峰低丘霞蔚然
盡掩櫻花面
[原文]
山桜わが見にくれば春霞峰にも尾にも立ちかくしつつ
〔52〕
賞染殿[116]皇后御前瓶櫻而歌
前太政大臣[117]
年歲催人老
卻見女兒如花貌
憂思盡忘了
[原文]
年ふればよはひは老いぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし[118]
〔53〕
渚院[119]賞櫻歌
在原業平
櫻花開謝此心牽
世間若無櫻相亂
春心自悠閑
[原文]
世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
〔54〕
無題
佚名
若非激流相阻斷
過河折櫻還
贈人細賞玩
[原文]
いしばしる滝なくもがな桜花手折りてもこむ見ぬ人のため
〔55〕
賞山櫻歌
素性法師
花好說不盡
各自折枝贈家人
眼見始知真
[原文]
見てのみや人にかたらむ桜花手ごとに折りて家づとにせむ
〔56〕
花盛時遠眺京都歌
綠柳間紅櫻
遙望紅綠交相映
京都春似錦
[原文]
見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける
〔57〕
櫻花下嘆年老歌
紀友則
花如舊年好
怎奈流光把人拋
容顏忽已老
[原文]
色も香もおなじ昔にさくらめど年ふる人ぞあらたまりける
〔58〕
折得櫻枝歌
紀貫之
山櫻霞間藏
誰入山中細尋訪
折得一枝芳
[原文]
誰しかもとめて折りつる春霞立ちかくすらむ山のさくらを
〔59〕
奉命作歌
紀貫之
櫻花應開遍
疑是白云落山間
遙看迷人眼
[原文]
桜花咲きにけらしなあしひきの山の峽より見ゆる白雲
〔60〕
寬平帝時后宮和歌競詠
紀友則
遙望吉野山
櫻花盛開色爛漫
疑是雪一片
[原文]
みよし野の山辺に咲ける桜花雪かとのみぞあやまたれける
〔61〕
于閏三月歌
伊勢
閏月續春日
但愿櫻謝也莫急
聊解惜花意
[原文]
桜花春くははれる年だにも人の心にあかれやはせぬ
〔62〕
斯人經久不至,櫻盛時忽而來訪,故作此歌
佚名
莫言花易凋
年來君歸少
櫻花相待猶未惱
[原文]
あだなりと名にこそたてれ桜花年にまれなる人もまちけり
〔63〕
贈答
在原業平
今若不來明日凋
落花非雪雖難消
難有枝上俏
[原文]
今日來ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや[120]
〔64〕
無題
佚名
花落徒惻惻
且趁今日尚灼灼
折櫻留春色
[原文]
散りぬれば戀ふれどしるしなきものを今日こそ桜折らば折りてめ
〔65〕
惜花不忍折
護花且宿櫻下舍
待到櫻花謝
[原文]
折りとらば惜しげにもあるか桜花いざ宿かりて散るまでは見む
〔66〕
紀有朋[121]
櫻色染衣濃
可憐花謝太匆匆
著衣憶花容
[原文]
さくら色に衣は深く染めて著む花の散りなむのちの形見に
〔67〕
贈訪櫻人歌
凡河內躬恒
屋前有櫻林
且告過路賞花人
花落最傷春
[原文]
わか屋戸の花見がてらにくる人は散りなむのちぞ戀しかるべき
〔68〕
亭子院[122]歌會時歌
伊勢
山深林莽莽
百花開盡櫻始芳
可惜無人賞
[原文]
見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむのちぞ咲かまし